1. 病と欲のあわい
風邪をひくと味覚は鈍り、酒は途端に不味くなる。だから本来なら薬を飲んで早く治せばいいのだろう。だが、私は薬を口にしない。理由は単純だ。薬を飲めば、その夜の一献が閉ざされてしまうからである。
「飲めるかもしれない」という可能性を、自ら断ち切ることが耐えられない。たとえ欲望の浅ましさと呼ばれようとも、その一瞬に賭けたいのだ。
2. 器と酒は似ている
酒は日々、わずかに変化する。開栓したその瞬間から、呼吸するように味わいを移ろわせる。器もまた同じだ。光の当たり方や手の温もりで、景色は微妙に姿を変える。
それは固定された存在ではなく、時間とともに揺らぎ続ける芸術である。だからこそ、どんな時も誠実に向き合わなければならない。
3. 欲と美の根底
美術に心を奪われるのも、酒に舌を奪われるのも、結局は同じことだと思う。美術は目と脳を通じて、酒は舌と脳を通じて、私たちを欲望に沈める。
人はどんなに美しい言葉で飾ろうと、欲という虚無から逃れることはできない。しかし、その虚無に身を委ねた瞬間こそ、美が最も強く立ち現れるのではないか。
4. 終わりに
器に酒を注ぎ、舌に欲をのせる。その行為のすべてが、美術の鑑賞と同じ「一期一会」である。
そして思う。虚無に沈むこともまた、美の一部なのだと。
